2009年04月11日

読書

  --- 四月一日(土) 晴れ ---



 つい先ほど、朝のテレビの時間に本を読み終えました。



 大石順教と言う一人の尼僧さんが書いた「無手の法悦」
 という本で、
 大変感動しました。(詳しくは後記で)



 義父に両手を切り落とされ、波乱万丈な人生を書いた
 自叙伝的な本ですが


 先ほど全編を読み終えて感動しています。






 得難いものを得たという気持ちで一杯になり、

 本を読めて心から感謝しています。




 皮肉なもので、

 こうして素晴らしい本に巡り合えるのも、
 此処にいたからこそであり


 人間の一生と言うものは、
 不思議な縁や力によって
 生かされているのであろうと思い、


 この生かされていること自体が有難い事で、、


 しっかりこれからの日々を送らねば、と
 今、しみじみと思う





 娑婆にいればこのような本に巡り合うこともなけりゃ、
 こういう人物や背景を知る事もなかっただろう。





 まぁ本だけやないが、こういう自分で気付く事を
 積み重ねてこそ、

 ムショという処で更生できるのやと思う。




 規律に縛りまくった生活をさせたからといって、
 人間ちゅうのは

 なかなか、変わるものではない


 
 それが証拠に、ムショから出て行ったほとんどのモンが、
 再び戻って来る……






 ところで妻から手紙が届いたのですが、色々と書いてあり、

 この前、子供たちに手紙を書いたのを子供らが読んで、
 とても喜んでいたと書いてあった (;´Д`)y─┛~~





  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 編集後記 ________

(※) 

 大石順教 「 無手の法悦 」 http://s-url.jp?33953

 道頓堀に生まれた「大石よね」は15歳の時、
 芸妓への道を目指し「山梅楼」の中川万次郎という人の
 養女となります。


 明治末期、大阪の堀江で狂乱の父親による
 「堀江の六人斬り」という
一家惨殺の殺人事件がありました。


 大石よねは両腕を切断されながらも一人だけ
 生き残りました。
 17歳のことです。


 今日では身体障害者への偏見も薄らいできていますが、

 福祉制度などない明治時代の話です。


 両腕を失い、家族を失ったよね子は
 話題の事件の被害者として

 身障者である自身の姿を見世物とし、
 寄席や地方巡業で生計を立て

 両親を養う日々が続くことになります。

 苦難に耐え、妻となり母となり、やがて仏門に入り
 大石順教として出家し、

 自らの境遇に照らし、多くの身障者の救済のために
 生涯を捧げたのです。 


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posted by 賢 at 15:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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